山梨
塩山市(えんざんし)
- 武田氏と塩山市[戦国ロマン息づく歴史の舞台]
- 武田一族ゆかりの社寺が集まる塩山市。
- 山梨の社寺
- 武田一族にゆかるのある社寺をはじめとした名刹・名所を網羅している個人HPです。
- 雲峰寺
- 天平17年(745年)に行基が開いたとされる古寺。甲府からみて鬼門(北東)に位置することから、甲斐源氏の戦勝祈願寺として戦国武将、武田家代々の崇敬を受けてきた臨済宗のお寺です。天正10年(1582)に勝頼が自刃した際に、家臣六人集が密かに武田軍旗「風林火山」の旗や諏訪神号旗、馬標旗を納めたとされています。宝物殿に保存されている「日の丸の御旗」は、天喜4年(1056年)に後冷泉天皇から源頼義に贈られ、その後、武田家に家宝として伝わった日本最古の日の丸の旗といわれています。
山梨県塩山市上萩原2678
Tel: 0553-33-3172
- 恵林寺(えりんじ)-
武田信玄公菩提寺。命日4月12日には信玄の墓供養と信玄廟所の本尊武田不動尊(信玄寿像)の御開帳、露店が出たり桜の花も見頃で地元では「信玄さん」と言っています。県内外からの観光客で大変賑います。
恵林寺
山梨県塩山市小屋敷2289
Tel: 0553-33-3011
- 甘草屋敷(かんぞうやしき)
- 重要文化財旧高野家住宅。高野家は、江戸時代に薬用植物である甘草の栽培をして幕府に納めていた家で、古くから「甘草屋敷」と呼ばれてきれてきました。高野家の沿革がわかる貴重な資料「甲州甘草文書(県指定文化財)によると、八代将軍徳川吉宗治世の享保5年(1720)、幕府の採薬使丹羽正伯が高野家屋敷内にあった甘草を見分した結果、幕府御用としてその栽培と管理が申し渡されるとともに、一反十九歩の甘草園は年貢諸役を免除され、以後同家が栽培する甘草は、幕府官営の薬園で栽培するための補給源として、また薬種として幕府への上納を負うこととなりました。
甘草屋敷
山梨県塩山市上於曽1651番地
Tel: 0553-33-5910
- 山梨県観光物産連盟
- 山梨県観光情報サイト
甲府市
- 歴史探訪
- 毎年4月に開催される信玄公祭りは、県内最大のイベント。中でも甲州軍団出陣は、勇壮に繰り広げられる戦国絵巻です。また、小瀬町の伝統芸能「天津司の舞」は、全国でも数少ない国の重要無形民俗文化財です。秋の観光シーズンに行われる「甲府ウィーク」では、「甲府大好きまつり」や「輝きの祭典」など甲府らしさを感じることのできるイベントが目白押しです。
- 甲府周辺観光モデルコース
- 車での「日帰り」や「一泊」の各種周遊モデルコースを、その周辺のお薦め観光ポイント詳細情報が載る地図付きで紹介している。
- 酒折宮(さかおりのみや)-
酒折は甲府市東部にあって町名にもなっています。大和時代は甲斐の国の中心地 であったらしく、九つの古道はここを起点としていました。この地に日本武尊を祭神とする酒折宮があり、古来から多くの文人の参詣が絶えません。境内に本居宣長撰文の「酒折宮寿詞(ほぎごと)」と山県大弐(やまがただいに)撰文の
「酒折祠碑(しひ)」の石碑があります。 『古事記』によりますと、伝承上の英雄「倭建命(やまとたけるのみこと=日本武尊)」
が 甲斐の国の酒折宮で「新治(にひばり)筑波(つくは)を過ぎて幾夜(いくよ)か寝つる」(新治・筑波の地を通り過ぎて、ここまで幾晩寝たのか)と問いかけたところ、
かがり火を焚いていた老人(おきな)が「かがなべて夜には九夜(ここのよ)日には十日を」(日数を重ねて、夜では九夜、昼では十日 − 九泊十日− ですよ)と答えたというのです。つまり、4・7・7の片歌で問いかけたところ、5・7・7の片歌で答えた片歌問答になり、これが連歌の起源とされたことから、酒折が連歌の発祥の地といわれるにいたりました。
酒折宮
山梨県甲府市酒折3-1-13
Tel: 055-231-2690
南都留郡河口湖町
- 湖山亭うぶや - 全室・全浴場から富士山と河口湖に映る逆さ富士が望める純和風旅館。富士を屏風に、「湖畔を庭にして四季それぞれの色に染まる」と詠う館。数寄屋造りの和室の窓外に額絵のように富士の姿を湖面に映す。湯の専用館では富士が目前に迫る大風呂、3つの浴槽が1つになった、ばらえてぃ風呂、露天風呂と盛りだくさん。食事として用意される会席料理は、季節の旬を味わえる採れたての山菜野菜や新鮮な魚介類など素材の持ち味を大切にした逸品の味わいに仕上がっています。
湖山亭うぶや
山梨県南都留郡河口湖町浅川10
Tel: 0555-72-1145
- 河口湖温泉寺 夢殿 -
外を歩いていてもかなり目立つ京都二条城を模した建物は、思わず息を飲むほど素晴らしい。それもそのはず、温泉寺の母屋は二十二年の歳月をかけて建てられました。客室数は6室のみで、全室に露天風呂がついています。部屋には「源氏物語」に出てくる色の名前が付けられています。7.5畳+4.5畳のゆったりした造りの部屋にはコタツもついていて、ゆったりリラックスできること間違いありません。日帰り温泉「お湯の塔」にある様々な温泉施設も無料で利用できるのもうれしい。料理は山本益博氏監修の厳選料理。富士の名水を使った本格手打ちそば処「蕎麦道場」も見逃せない。細かい部分にまでいろいろとこだわりが見られる洗練された旅館。ちなみに宿のパンフレットで使われている写真は加納典明氏が撮影。
河口湖温泉寺 夢殿
山梨県南都留郡河口湖町船津6677
Tel: 0555-72-6111
- 天下茶屋
- 天下茶屋が建築されたのは、昭和9年秋。木造2階建で、8畳が3間あって、富士見茶屋、天下茶屋などと呼ばれていました。「天下茶屋」と呼ばれるようになったのは、徳富蘇峰が新聞に紹介した記事がきっかけ。太宰治が、はじめて天下茶屋を訪れたのは昭和13年9月13日。それまでの生活に区切りをつけ、思いをあらたにする覚悟での天下茶屋滞在だったようです。11月15日までの3ヶ月余りを2階の一室で過ごしたのですが、ここでの生活は太宰に大きな転機を与えました。その第一は、未完ながらも「火の鳥」を執筆。作品の評価は別として、作家としての意欲に燃えていました。第二に結婚。前年、小山初代と離別し、不規則な生活を送っていた太宰にとって、結婚は安定への1歩でした。天下茶屋滞在直後の9月18日に、甲府清水門町の石原美知子(現夫人)と見合いを行い、結婚を決意するに至りました。「富士には月見草がよく似合う」の名作「富獄百景」は、当時の作者の心境を表現した作品です。ちなみに、当時滞在中の太宰治にほうとうを出した所、「僕のことを言っているのか」と不機嫌になったとの事です。
本店天下茶屋
山梨県南都留郡河口湖町河口御坂峠
Tel: 0555-76-6659
- 富士山と富士五湖の総合情報
- 富士スバルライン(富士山有料道路)
- 山梨県道路公社による運営サイト。
- 富士山スカイライン - 静岡県側富士山新五合目までの道路情報は静岡県ページをご参照ください。
南都留郡山中湖村
- 三島由紀夫文学館
- 「研究と普及」を基本理念として、1999年の夏に自然豊かな山中湖畔に誕生。著書、雑誌、直筆原稿、創作ノート、写真資料、演劇・映画関係資料、翻訳書など展示し、映像やパソコンによる情報検索など、ビジュアル面からも三島文学を紹介する。また、三島由紀夫の書斎や三島家の庭のアポロ像を再現し、2階では蔵書の閲覧や、セミナー・講演のための研究室などを設け、より多くの方々に三島文学に親しみ研究していただける場を提供する。
山中湖文学の森
三島由紀夫文学館
山梨県南都留群山中湖村平野506-296
Tel: 0555-20-2655
- 三島由紀夫サイバーミュージアム
- このサイトに展示された著作物は、山中湖村による各著作権所有者の了解と同意の確認に基づき、日本アイ・ビー・エム株式会社が収録したものです。英語版も充実した内容。
- 山中湖村公式サイト
- 山中湖観光協会
- 山中湖観光情報
南都留郡忍野村
- 忍野八海
- 霊峰富士の胎内より湧き出でる八つの泉は、昔から「神の泉」と崇められ、いくつもの「伝説」が語り継がれています。忍野八海は八つの湧水池から成っています。その昔、忍野村は「宇津湖」という湖だったそうですが、延暦に富士山が大噴火し、そのとき流れた溶岩流によって、湖は山中湖と忍野湖に分かれてしまいました。忍野湖は富士五湖と関連する一つでしたが、川の浸食や掘削排水のため枯れてしまいました。忍野八海は、その時残った富士山の伏流水の湧出口の池として、今日存在しています。富士山に降り積もる雪解け水が、地下の不透水槽という溶岩の間で、約80年の歳月をかけてろ過された澄みきった水。美しく神秘的であり、移り変わる四季に彩られた富士を水面に映し込んだ姿は、訪れた人々に、水本来の姿と護るべき美しさをそっと訴えているようにも感じられます。水質・水量・保全状況・景観の良さから、昭和60年に、全国名水百選に選定されています。また、新富岳百景選定地でもあり、国の天然記念物にも指定されています。
- 忍野村公式ホームページ
- 忍野村観光協会